仙台高等裁判所 昭和27年(ネ)76号 判決
福島県農地委員会が別紙目録記載の農地の買収計画に対する控訴人の訴願につき昭和二十三年十二月一日にした裁決及び八幡村農地委員会が昭和二十二年十二月二十日右農地について定めた買収計画を取消す。
訴訟の総費用中、差戻前の分はこれを二分し、その一を控訴人、その余を被控訴人等の負担とし、差戻後の分は被控訴人等の負担とする。
二、事 実
控訴代理人は主文と同趣旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は、被控訴代理人において
控訴人の父初太郎が昭和六年十一月十三日隠居し、控訴人が家督相続をしたこと、初太郎が昭和二十年五月死亡したこと、及び控訴人が昭和七年八月頃から妻子と共に福島県相馬郡中村町に居住し、控訴人所有農地の一部を耕作していたことは、いずれもこれを争わない。
と述べたほかは、原判決(差戻後の)事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。(証拠省略)
三、理 由
八幡村農地委員会が昭和二十二年十二月二十日、その当時を基準として、控訴人所有の別紙目録記載の農地につき、それが不在地主所有の小作地であるとして買収計画を定め、これを公告したこと。これに対し、控訴人が同年十二月二十九日同委員会に異議を申立てたところ、同委員会において異議を理由なしとして棄却したこと。控訴人が更に昭和二十三年九月十四日福島県農地委員会に対し訴願したところ、同委員会は同年十二月一日、右訴願が法定の期間経過後になされたものであるとの理由で却下の裁決をし、その裁決書が昭和二十四年一月二十四日控訴人に交付されたこと以上の事実は当事者間に争がない。而して右訴願が法定の期間経過前になされた適法なものであつて被控訴人等の本案前の抗弁が理由のないことは本件に関する中間判決において当裁判所が既に判断したところである。
よつて、控訴人が右買収計画の樹立当時不在地主であつたかどうかの点につき案ずるに、控訴人の父初太郎が昭和六年十一月十三日隠居し、控訴人が家督相続をしたこと、初太郎が昭和二十年五月死亡したこと、及び控訴人が昭和七年八月頃から妻子と共に福島県相馬郡中村町に居住し、八幡村にある控訴人所有農地の一部を耕作していたことは当事者間に争がなく、右争のない事実と成立に争のない甲第七号証の一、二、第八号証、第三十一号証、第三十三号証、第三十四号証第三十七乃至第三十九号証、乙第九十号証原審における控訴本人尋問の結果(差戻前)により成立を認め得る甲第十七号証、原審及び当審証人桂元慶(いずれも差戻前)当審証人佐藤満、荒川広治、中川きみ(以上いずれも差戻前)竹内清信、新妻みい(以上いずれも差戻後)の各証言、並に原審及び当審における控訴本人尋問の結果(原審は差戻前及び差戻後、当審は差戻前)を綜合すると、
一、控訴人が中村町に居住してからは、控訴人の現在の肩書住居にある家屋敷には父初太郎と母が居住し控訴人所有の農地を耕作し、控訴人においても、その一部を耕作していたのであるが控訴人は昭和十年十月頃から中村町字西山において湯屋営業を営んでいたこと。
二、初太郎は老衰のため、死亡したのであるが、死亡の半年位前から臥床していたので、控訴人においても万一初太郎死亡の際は、生家である初太郎方に帰り農業を営み、湯屋営業は娘きみに婿を迎えきみ夫婦に任せるつもりで、急いできみに婿を迎えたこと。
三、初太郎死亡後は子供等は学校の関係上中村町のきみ方に残し控訴人夫婦において、肩書住所に移転し、昭和二十一年の旧正月に行われた部落の年始会において現住所に帰還するに至つた挨拶を述べ、金百円を寄附し、以来現住所に居住し、農業を営んでいること。
四、初太郎は果樹を多く栽培し、豚、鶏、兎等の家畜を飼育しており、且つ初太郎が昭和二十年五月に死亡した後引続き同年十月には母が死亡し次いで同居していた父の弟忠助も昭和二十一年一月十日死亡し、その他には同居者もない関係上、控訴人において中村町を引揚げ現住所に居住せざるを得ない事情にあつたこと。
五、八幡村への転入の手続は配給物資の関係上遅らしていたところ、昭和二十二年十二月八日一応中村町役場に同年十一月二十日中村町を退去した旨の退去届をしたのであるが、子供等を中村町の学校に通わせるため、八幡村への転入手続は暫く見合せ昭和二十三年十月二十七日に至つてこれをしたこと。
以上の事実が認められる。そうすると控訴人は遅くも本件買収計画樹立の日である昭和二十二年十二月二十日前に中村町を引揚げ現住所に復帰しそこに住所を定めたものでその当時控訴人の住所は本件農地の所在地である八幡村にあつたものといわねばならない。右認定に反する乙第六号証、第八号証の記載、当審証人増子弘政、天野政芳、愛沢重、荒川子之助(以上差戻前)船山忠清(差戻後)の各証言は採用できないし、その他に右認定を覆すに足る証拠はない。尤も成立に争のない乙第八号証、第十二号証当審証人阿部久助、愛沢重の証言(差戻前)によれば、右の当時控訴人はまだ八幡村において税金を納めず、八幡村の選挙人名簿にも登載されておらず、八幡村において諸種の配給を受けてもいなかつた事実が認められるけれども、右は控訴人が前記のとおり八幡村への転入手続を怠つたことによるものと認められるからこれらを以て前認定を覆す資料とすることはできない。その他成立に争のない乙第十四号証、前記当審証人愛沢重の証言によれば、控訴人は前記買収計画樹立当時居住部落の農事実行組合に加入せず主要食糧の供出もしていなかつたことが認められるけれども、右事実をもつて直に控訴人が右の当時現住所に住所を有しなかつたものと云うことはできない。
そうすると、控訴人が本件買収計画樹立当時八幡村に住所を有していなかつたことを前提として、八幡村農地委員会が別紙目録記載の農地につき定めた買収計画は、適法なものとは云えないから取消を免れず、控訴人の訴願を却下した福島県農地委員会の裁決もまた取消を免れないものといわねばならない。以上と見解を異にし、控訴人の請求を棄却した原判決は失当であるから、これを取消すべきものとし民事訴訟法第三百八十六条、第九十六条第八十九条第九十二条、第九十三条に則り主文のとおり判決する。
(裁判官 谷本仙一郎 蓮見重治 石井義彦)
(目録省略)